「遅いインターネット」のコンセプトがとんでもなく良い

遅いインターネット

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これ、つまりはアクセシブルに、ということですよね。

みなさんこんばんは。
宮城県仙台市にてWebのちからで様々な情報にアクセスしやすくし、様々なパフォーマンス改善をしちゃったりする時にはWebディレクター、時にはWebプランナー、時にはWebエンジニア、時にはWebデザイナー。
世界中の「アクセシビリティについて考える人」の味方、ma-sanです。

「遅いインターネット」をご存知でしょうか?

インターネットがもたらした情報革命はとんでもなく、それはまさに時空を飛び越えた「超能力」的であるな、と思う。
生まれてはじめてインターネットというものに触れたのが20年以上前、と考えるとかなり感慨深い。

その中でものすごい高速で、情報のやり取りができるようになっていった。
インターネットは文字と低画質の画像を駆使してどうやったら情報を伝えられるのか、と躍起になっていたあの頃。
どこの企業も、人も、正解はわからずに思考錯誤していた。

カオスと言っても良いくらい、そこにはリテラシーも、なんだったらマナーもない、大の大人がインターネットという顔もばれない場所で遊びまくれる空間だった。

一方、現実ではインターネットはおろか、パソコンを使うだけで「オタク」扱いをされた。
携帯電話でインターネットにアクセスができるようになると同時に、気軽に誰とでも会えるような時代もあった。
出会い系と呼ばれるもので、知らない人と会うなんてことを平気でやっていた20年前。

事件もたくさんあり、それはまさにインターネットに翻弄され、人生を台無しにされ、人間には扱いきれない「情報の海」がまさにインターネットであり、インターネットは怖い場所、という風潮もあった。

でも、結局は扱う人間次第だということもわかった。

2011年、東日本大震災では「情報の伝達」の力を感じることができた。

言語化ができない中で、「Webアクセシビリティ」と聞いたときに「まさにこれだ」と信じ切った。

しかし、僕が取った手段は「仕様に基づいて」「無難に」「アクセスできる」ことに集中し続けた。
その結果として「アクセシビリティ?つまんない考えだね」「お金になるの?」と言ってきた人たちに勝手に失望したこともあった。

一方で、僕がWebに魅了されたのは「Webアクセシビリティ」がきっかけではない。

エンタメ性や、人間が暴れまくる空間が楽しくって仕方がなかったインターネット。

いつの間にかWebマーケティングなんて言い出して、下ネタやIQのかけらも感じられないようなつぶやきをしまくるTwitterも「マーケティングツール」として注目されるようになった。
mixiは一瞬で淘汰され、マーケティング効果の高いFacebookも躍り出た。

今は、インターネットは「マネタイズ」をする手段としてなくてはならないツールになってしまった。

その結果として、この波に乗り遅れた人たち、「変化を恐れた人たち」はどんどんと遅れていった。

遠回しにはなったけど、「遅いインターネット」というタイトルは僕は非常に素敵だと思う。

早いが故に、置いていかれている人たちもいる。淘汰もされる。
効率化し、集金効率を上げ、データを見つめて、より効果的な施策を打ち出し続けた先に、どのくらいの人たちが置いていかれるのだろう?

ゆっくりと、物事を考えて、やりたいことをやりたいときにやって、また考えて、というアプローチはまさに「アクセシブル」だな、と思う。

遅いインターネット
https://slowinternet.jp/



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