子供3人のシングルファーザーになった父から学ぶ働き方改革

昨今、働き方改革なんて既に話題にならないというかもう時代遅れな感じもすごいというか。

お話を聞いてすごい今更だなぁ、普通のことだなぁと思ったのはなんでかと言ったら、30年も前から働き方改革をしていた人間が僕の家族にいたからなんだろうなと最近はつくづく思う。

 

結論から書いてしまえば、僕の父親が最高にすごいって話を書きます。

 

およそ30年前、僕の父は離婚をして僕を含む男子3人のシングルファザーになりました。

その時の僕は幼稚園児、母親とはもう会えないかなーと思った程度の認識でした。

 

という感じの我が家の事情はおいといて、僕の父がどのようにすごかったのかを箇条書きします。

 

  • 家事、全て行う
  • 平日、夕方に必ず帰ってくる
  • 休日、必ずどこかに遊びに連れて行ってくれる
  • 男子三人、大学&専門学校に行かせきる。
  • いまだに現役、最強

 

家事、全て行う

僕たち兄弟が小さいとき、というか家に大人が父親しかいなくなったとき。

いまでも覚えてるのは母がいなくなった翌朝のご飯。

ご飯の炊き方もわからなかったのかべっちゃべちゃになったご飯と、茹ですぎたソーセージのみ。

料理や掃除なんて全然な父、そのときはおそらく35歳程度だったでしょう。

父のスタートはそこからです。まさになにもできない父親はすぐに家事をすべて行うようになります。

僕にとって父の料理が美味しくなかったのはその朝食のみ。

もしかしたらそれ以外にもあるかもしれませんが、僕にとって家族の味、というのは「父親が作った料理」になります。

 

平日、夕方に必ず帰ってくる

父は必ず夕方17時には帰ってきました。

当時はその異常性に気づいていませんでしたが、働きだしてから父が17時に帰ってきてた、ということが如何にして子供のことを考えてだったのかわかります。

毎日、誰よりも早く起きて朝ごはんの準備をして、17時に、スーパーの袋を手に持って、家に帰ってきて、晩ごはんを作って、掃除洗濯などの家事をこなす。

小学生高学年に上がる頃には僕も家事をするようになりましたが、それまでは完全に父がすべてやってくれていました。

 

25〜30年前です。

おそらく、世の中的に働き方改革なんて言葉も、ブラック企業とかそんなことも。

たくさん働いてたくさん稼ぐ、なんて時代だったかもしれない1990年代。

 

仕事が終わって、スーパーに寄って買い物して、17時きっかりに必ず帰ってくる父親。

働き方改革が進んでいる昨今、まだ理解があるかもしれませんがこの話は20年以上前の話。

今でもとても不思議ですが、我が家には鉄の掟がありました。

「父親の仕事は教えてもらえない」

もしかしたら、なんだかいけない仕事してるのかも、とか思いましたがなんのその。

とある業界の設計士だったらしいですが、それを知ったのは僕が大人、というかほんと数年前の話。

 

そんな父親がなんだか心配になって幼い僕は質問しました。

「とうちゃん大丈夫?」

それに対して父親は言いました。

「子供が父親の心配すんな」

その言葉の通り、父親はそんな過ごし方を、僕たち全員が成人するまで続けてくれます。

 

休日、必ずどこかに遊びに連れて行ってくれる

平日、休むまもなく仕事から家事からなんでもこなす父親。

休日は必ず車で僕たちをどこかに連れて行ってくれました。

主に釣りだったり、映画だったり、公園だったり、ペットショップだったり。

僕たち兄弟は動物が大好きだったので、買い物に行く前にペットショップに行って、熱帯魚を見たりするのが楽しみでした。

 

平日、仕事で疲れたから寝てる、なんて姿を今になって思えば見たことがありません。

いや、病気で寝てる姿もほとんど見てません(近年では年に勝てないのか、ちょいちょい病気してますが)。

 

僕がどこどこ行きたい、とか言ったらほぼ必ず連れて行ってくれました。

家でゴロゴロしたり、ゲーム三昧だったりしてもなにも言ってきません。

 

というか、怒られたこともほとんどないかもしれません。

少なくとも、日常生活ではありませんでした。

 

男子三人、大学&専門学校に行かせきる。

いまになって思えば、父は当時時短勤務をしていたのでしょう。

そんな中、必ず夕方に帰ってきて、しっかり稼いで、僕たち三人兄弟を育てきったというのは、生半可な「仕事の仕方」ではなかったと思います。

当時の父親を知っている同僚の方とお話を聞いてみても、「絶対に残業しなかった」「周りの人たちも含めて早く帰れるようにしていた」「他部署と比べてダントツだった」と言う始末。

そして、三人兄弟が希望する進学すべてに何一つ口出しせず、行きたいと行けばかならず行かせてくれました。

 

あるとき、僕は「大学に行かないで働く」と言ったとき、というか当時高校生の僕は既にWeb業界でちょっとしたお金は稼げていたのですが……。

僕はただ「父親に楽してほしい」と思ったのです。

しかし、父親にアホほど怒られました。

僕が学校に行かないで働くと言ったことに対して「子供が父親の心配なんかするんじゃねえ!!」と鼓膜がぶち破れるんじゃないかと思うくらいの声量で怒られました。

 

父親は、未だに僕たちに当時のことはお話しません。

どれだけ辛かったのか、大変だったのかなんて想像もつきませんが、僕たち兄弟はきっと誰一人「辛かった記憶」がありません。

ひもじいおもいをしたとか、寂しいとか、父親が嫌だとか、そういう感情はなくただひたすらに「のびのび」と大人になることができました。

 

いまだに現役、最強

さて、そんな父親を振り返ると20数年前から今の世の中がいう「プライベートが大事」「生産性」「時代が違う」みたいな視点はとっくの前に見ていて、それはきっと世の中の至るところにありふれていたのだと思います。

僕にとって「働き方改革」というものは誰かに、会社に、与えられるものではなく、「自分で働き方を決める」だと考えます。

ありふれてるんですが、「決める」ということが如何にして難しいのか、最近は本当に痛感する毎日です。

 

最近、僕も真似事ですが父親のような立場を少しは体験する機会に恵まれたので、父親に聞いてみました。

 

「どうやって父親としてここまでやってこれたの?」

今思うとアホっぽい質問。

 

それに対して父親は、

「死ぬまでお前達の面倒を一人で見るって俺が決めた。金はいつでも稼げるけど、お前たちと一緒にいる時間は買えない。一番得意なことをやれば誰よりも早く帰れるし、お前たちが大金が必要になったらもっと働けばいいだけだと思ってた」

だそうです。まぁ、こんなふうに話はしませんでしたが、こんなことを言っていました。

 

いや、死ななくていいんだけど、とは思ったものの。

そんな父親は僕たちが働いて独り立ちしたら、さすがに休むのでは、って思ったら。

70歳になっても現役バリバリ働いています。

僕の身近で、たった一人のバケモノです。

 

やっぱり我が家の父親がナンバーワン。



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