僕のデジタルものづくりはRPGツクールというスーパーファミコンのゲームから始まった

最近、ラーメンの「大盛り」をせがんでくる子どもたちに「大盛り」を食べさせ、半分以上残されたラーメンを食べるような生活を送っているma-sanです。

今回は自分がなぜ、デジタル業界でものづくりをしているのかの原点を辿ってみました。

実際にWeb業界でゲームを作り始めたのは2000年前後に手掛けたFlash(もはや死語に近い)ですが、一番最初、第三者に提供を始めたという意味ではスーパーファミコンの「RPGツクール」でした。

かんたんに言ってしまえば、「ゲームの中でゲームを作れる」という代物です。
自分で主人公のステータスも決めることができますし、敵の強さも決めることができます。セリフやマップも自分で作ります。当時、ゲームが大好きだった自分にとっては「とんでもねぇゲームだ。。。」と感じたものです。

いまもツクールシリーズとして存在しているので、興味のある方は確認してみてくださいね。

ツクールWeb
https://tkool.jp/

小学生の頃くらいでしょうか、お金持ちのKくんの家によく遊びに行っていたのですが、Kくんがコレクションしていたスーパーファミコンソフトの数々の中に「RPGツクール」がありました。
普通のRPGだと思ってどんなものか聞いてみたら、自分でゲームを作ると説明してもらい、自分で作る気にならないから全然やってないとKくんは言ってました。

興味津々の僕に、Kくんは快く貸してくれました。

自宅に戻ってからゲームを作ってみたのですが、そこで初めて「イベントを開始する」「イベントを終わらせる」「変数」「ゲームバランス」「ストーリー」「テキスト」などなど、たくさん「作ること」を知ることができました。
今まで世の中のゲームに面白い面白くないと言っていた小学生はここで作ることの「大変さ」「難しさ」「面白さ」を味わうことになります。

ある程度作り、意気揚々とKくんに返してプレイしてもらったら「全然進めなくなった」と言われました。

ここでゲームを進行するのは作り手の思い通りにはいかない「プレイヤー」であるということを学び、どうやったら「プレイヤー」が楽しめるのかを考え始めました。

僕とKくんの間であれやこれやと楽しんでる間に、ゲームは充実していったのですがそこで問題が発生します。

ものづくりをする際に切っては話せない問題。

「容量(リソース)」です。

スーパーファミコンのカセットという媒体である以上、容量は有限であり、ちょっと充実したゲームを作ろうとすると容量制限に引っかかります。
くそう、これでは俺の考えた最強のゲームが作れない、とかやきもきしながら「容量」という現実と戦い、結局はミニゲーム的なものばかり作ったりしました。

前置きは長くなりましたが、RPGツクールというゲームで学んだことは結構ありました。

  1. ゲームを作るのは大変
  2. イベントの処理、変数、バランス、ストーリーなどといった作ることに触れた
  3. ゲームを楽しむプレイヤーという存在
  4. 制作者の楽しいとプレイヤーの楽しいは違う
  5. 作るということには「容量(リソース)」が存在し、無制限ではないということ

この経験はいまでも生きてる気がします。
何かを作るということは大変でもあり、その手段があったりストーリーがあったり、それは誰のためにどんな価値があるのか、そして実現するためのリソース管理など。

今思うと「作る」ということに対しては大人になってからよりも、このときのほうが貪欲だった気がします。

友達に面白いって言われるためにせっせと頑張ってたなんて我ながらピュアだな〜と思う。

そして、作るという根幹はあんまり変わらないのかな、とも考えました。

試行錯誤して作りまくらなければなにも作れないからね。

あわせて読みたい