【東日本大震災】9年前のこの日もWeb制作をしていました

あの日から9年経ち、2020年というきりの良い年ということもあり、色々考えてしまいます。

みなさんこんばんは。
宮城県仙台市にてWebのちからで様々な情報にアクセスしやすくし、様々なパフォーマンス改善をしちゃったりする時にはWebディレクター、時にはWebプランナー、時にはWebエンジニア、時にはWebデザイナー。
東日本大震災復興を掲げた人々の味方、ma-sanです。

2011年3月11日。
この日も僕はとある企業でWeb制作をしていました。
なんとなく、仕事のノリが良かったのでお昼ごはんに食べようと思っていたラーメンも食べずにずっとコーディングをしていました。

そんな中で、唐突に大きな揺れ。
何分間でしょうか。机の下に避難したけど、当時働いていたビルのほぼ最上階は大きく揺れ、座り込んでいる状態でも人間が冷たい床の上をバウンドしてしまう、そんな経験はみなさんおありですか?
踏ん張りたくてもまったく踏ん張れず、机の下に避難をしたのに、頭に何度も机の天板が叩きつけられることは想像できますか?

机の上にあったPCはすべて吹っ飛び、加湿器もすべて床下に落ち、コンクリートでできた壁は髪をビリビリと破いたような音ともに大きなバツ印がついたようになったり。

まぁ、そんなことがありました。

揺れている中でTwitterは落ちず、少しの書き込みはできたけど、充電ができなくなる可能性を考えてまともにインターネットにアクセスもできなかったり、そもそも仕事を切り上げて寒空の中、追い打ちをかけるように雪がふり初めて手がかじかむ中でトボトボと数時間かけて帰路につく。

まぁ、そんなことがありました。

生き別れた母親の死をWebニュースで公開されたPDFで知ることができたはずだけど、その時はネットにアクセスできない状態だったので、すぐに遺体を確認しにいくことはできなかったり。
お世話になっていた恩人や友人は行方不明になり。

まぁ、そんなことがありました。

大好物だったラーメンを2週間ほど食べられず、2週間後に無理して開店したラーメン屋さんに足を運んで食べたラーメンは涙が出るほど美味しかったりしましたね。

なんやかんや、色々なことがありました。

このことがきっかけで、Web業界からの引退も考えました。
このとき、自分は26歳。
インターネットにアクセスできないだけで、仕事ができないなんてなぁ、考えたことなかったなぁ。なんて思っていたある日。
それこそ震災から数ヶ月でしたね。

被災地復興支援で長期的な施策で、被災地に雇用創出をする、というWeb制作会社がありました。
「これだ」
なんて思ってさっそく受けました。メンバーズという会社でした。

落ちました。

なんでだよ、と思ったけど内定を貰った3名はきっと自分より素晴らしくて優秀で、なおかつ復興について情熱を持っているんだろうなぁ、とも飲み込みつつ「こんな信念を持った企業なら、近いうちに拡大するはずだ」と思い、ストーキング開始。
結果、同年12月の河北新報(Webニュースでも)に仙台市長と社長ががっつり握手している記事を発見し、即連絡。
まだ募集をかけてなかったけど、絶対もう一度受ける、ということで連絡。

たぶん、キモいと思われたからか、内定をいただき「ここでだめだったらWeb業界引退だぜ」と思いながら2012年5月に入社をしました。

あの日から9年後、僕は同じ企業で変わらずWeb制作をしている。
Webサイトを作ったり、課題を改善したり、数値を計測したり、効率化したり、失敗したり、そんな日々。

35歳になり、年齢的にはもうおじさん。
当時入社してきた新卒の子たちも30歳前後になっていたり、時の流れを感じます。

復興支援に熱い情熱を、いまもなお持っている方々が入社してくる、というのはなかなか見なくなった気がします。

企業も大きくなり、人数も当時から3倍以上でしょうか。
ホワイト企業なんて言われるようになった気もしますね。

企業の体質も大きく変わったような気もしますが、社長は今もなお物凄く尊敬できるし、社内で、当時面談をしてくれて「あ、この人やばい」と思った方もいまもなお尊敬している。

自分はどうなんだろう?
尊敬されるような人物になっているかなぁ、と思ったけど、あまりそんな気もしない。
なぜなら採用されている若い子たちは自分のように、ちょっと反則じみた「被災地復興支援という名目で、力技で入社した人間」とは違って、ごく普通に、苦労をして内定を勝ち取った人たちだからだろうなぁと思う。

継続的な復興支援を目指す。
被災地で採用された人々が被災地に住み、本来都内に落ちる予定だったお金を被災地で使う。
自分はあくまでもそのうちの一人に過ぎず、いまの仙台オフィスがあるのは当初入社した人たちのおかげで、僕は好き勝手にやらせてもらってただけだなぁ、とちょっと反省というか、そろそろ巣立ちのときなのかな、とも思ったりする。

あと1年で10年。

いろんな意味できりの良い年まであと1年。

あのとき、10年で実現しようとした未来に、あと1年でたどり着かなければなりません。

皆さんは辿り着けそうでしょうか?

僕が目指すのは「アクセシブルな世界」。
そのために、Webアクセシビリティを最重要項目として、活動してきましたがなかなか厳しい年月でした。

大企業に対してのアプローチが最も近道と勘違いをしていましたが、マネタイズを優先する企業が当たり前。

その中でマネタイズができなかった自分に問題がありましたが、Webアクセシビリティを推進していく上で、まずは自分自身でマネタイズができるための能力を身につけることにここ数年注力してきました。

そんなわけで、Webの創始者の言葉をここに残しておきます。

The power of the Web is in its universality. Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.

Tim Berners Lee

Webアクセシビリティこそ、Webのちからを最大限にする「思考」と信じて、いまもお仕事しています。

Webアクセシビリティに興味のある方はいつでも連絡ください。

待ってます。



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